コミュニケーションとは日本語にすると
「通信、交流」等になるようで、
社会生活を営む人間の間で行われる知覚・感情・思考の伝達たけでなく、
動物個体間での身振りや音声・匂い等による情報の伝達も含まれる様だ。
近年、このコミュニケーションの重要性がかつて無く高まっており、
それは、企業が人材採用を行う際にも、個人が交際相手を探す場合にも、
年収や成績といった数値化出来るものや資格云々よりも、
「人物重視」や「相性」「思いやり」といったキーワードが重要視されている事が様々な場面から見て取れる。
これが上手くできない人、もしくはそう思い悩んでいる人を
コミュ障(コミュニケーション障害)と呼んだり、あるいはそれを自認したりするケースも見られる。
かくいう私も「コミュ障」を自覚する場面が少なくない。
かつては、コミュニケーション能力の不足は専門性で補う事ができていたし、
むしろそれが「職人気質」として賞賛に変わるような場面も多かった様だ。
しかし「専門家ならばコミュニケーション能力が低くても仕方がない」時代はほぼ終わっている。
個人でも企業であっても「単一の存在」ではもはや新しいものを産み出すどころか、
その存続さえ危ぶまれる状況にあり、その具体例は枚挙に暇がないだろう。
単純な課題は多くが解決済みであり、かつロボットやAIに代替される時代にあって、
高度な課題しか残されていない状況下では、複数の専門家、複数の強みを持った企業、
更には、行政や研究機関等様々な領域にまたがる人や組織が、
「コミュニケーションを密に取りながら」でないと、
価値のあるプロジェクトにはならない。
その為「コミュニケーション能力が高い専門家」が高く評価され重用され
そこに仕事が集中した結果、コミュニケーション能力が低いステレオタイプな専門家は、
活躍できる場面が急速に失われ始めている事も容易に想定される。
それでは、今後必要となる「コミュニケーション能力」の本質とは一体どこにあり、
どうすればそれを身に付け、活用していく事が出来るのだろうか?
安達 裕哉 (著)、日本実業出版社
『仕事で必要な「本当のコミュニケーション能力」はどう身につければいいのか?』
は、上辺やテクニックではなく「本当のコミュニケーション能力」を探りながら、
それを身に着けている人の場合、
それが現実の場面にどの様に表出していくものなのかを具体例をもって示してくれる。
「身に付け方」という視点からするとノウハウといえる所までブレイクダウンされてはいないため、
人によって実用的かどうかの評価が別れるかも知れないが、
私にとっては非常に耳が痛い内容、
つまり有益な気づきが多く、
取り入れたい考え方が多く手に入った。
以下に、自身の解釈・意訳も含め、備忘録として残しつつ、
共有させて頂きたい。
■コミュニケーション能力とは?
「人当たりや会話の上手さ」ではなく
自身の本音を伝え、相手の本音に共感し、お互いにリスペクトを持って目的を達する事のできる能力。
それに必要なのは、自分自身を俯瞰し、相手への共感を持ち続け、それを自身の中に取り入れ得る努力を続ける中で、その一致点、相違点を含めた相手と自分との「関係性」の成長、成熟に注力することである。
■リーダーとしてのコミュニケーション
リーダーシップとは成果への責任をどこまで積極的に引き受けているかという態度の問題であり、
そこには一貫性と、目的やビジョンを語るための物語が必要となる。
どんなにいい発言や意見であっても、これらが欠如した者の発言は受け入れられづらいし、
相手が聞く気になっていない金言などタダの戯言であるということ。
衝突を恐れず、自らの承認欲求をコントロールし、
「相手を理解し共感しようとすること」に徹する。
投げかけや依頼、提案はその為の試薬のようなものであり、
その反応を通じて相手を理解しよう、共感しようとし続ける事。
■専門家としてのコミュニケーション
「知識ある人の責任」
知識有るものは常に理解されるよう努力する必要がある。
素人は専門家を理解するよう努力すべき、としたり、
専門家はごく少数の専門家仲間と話ができれば十分である、というのは傲慢である。
これらは、業務上の書類やプレゼンも同様。
相手に合せる事。何を提案するかよりも、相手が何に困っているのか?が何よりも先である。
■相手の話をきく4つのレベル
レベル1:否定のため(ツッコミどころを探す)
レベル2:課題解決のため(自分の知識経験をひけらかす)
レベル3:ただ聞くためにきく(聞いてあげるだけで役に立つことを知っている)
レベル4:自分の中に取り込もうと思ってきく(相手へのリスペクト。学ぶべき部分があるという)
レベル4の姿勢で相手に接することで、
自身に足りなり知識や視点が明らかになるため、
自分事の「良い質問」ができるようになる。
■アドバイスやコメントをする際の6つのステップ
①解決してほしいのか、聞いてほしいだけなのか、を判別する
※大抵は後者。アドバイスはそれを求められた時にだけすればよい
例:「お話を聞くだけならできますよ」
②アドバイスがほしいと言われてもまずは相手の話を聞く
(自分の意見はそれでも未だ言わない)
例:「もう既にやろうと思っている事が有るのではないでしょうか?」
③そのやりたいことに対して「何がひっかかっているのか?」が大事
×「やりたいのならやってみればいいじゃやないですか」
◯「何か気になることがあるのですか?」
④すぐに解決策を提示しない
更に本音が出てくるまで待つ
例:「今まで考えたり試したりしたことを共有していただけないでしょうか?」
⑤成果が出なかった原因を相手に考えてもらう
それにより、相手にようやく受け入れる準備が整う
「なんでそれがあまりうまく行かなかったのでしょうか?」
⑥解決策を示すときにも自分の意見は言わない
自分の意見ではなく、具体例や著名な方の引用等に変換して話す
これらをスムーズに行うためには、
「知らないふり」とすら思えるレベルで、
相手の状況を理解し、そこに必要最小限のコメントを添えて
相手が自ら課題を解決していくことに貢献する姿勢が大切。
■メンターが欲しい?
周囲にメンターがいないというひとはただの「相談ベタ」であって、
自分で壁を築き、人の話を聞く際にもレベル4の態度に達していない事が多い。
⇒教師は生徒の受け入れ体制ができた時に現れる
⇒その為には自分を俯瞰し、さらけ出すこと
相談とは「課題が何なのかはっきりしていない」状況であっても
自分が「悩みを抱えている」ことを打ち明けること。
※「相談され上手」はこのカオスを許容出来る人の事
大事なのは課題を明確にしておく事や、答えを持つことではなく、
「何のために」という目的を明確にして置くこと。
これらの中で、特に、話の聞き方として、自身はすぐに解決策を提示しようとしていまうクセが有ることに気付き、
それが有益なコミュニケーションであるとすら思っていたフシすら有った事に、
大いに反省する機会となった。
レベル2の上がレベル3であり、更に上のレベル4があった事に、改めて気が付き、またそこを見ない様にすらしていたのかもしれないと思えた事が有益であった。
情報簡単に手に入る時代になり、
評論家タイプのコミュニケーションはまずます価値を失っていく。
もっともっと、自身の周囲の人に興味関心を持ち、
自身の知識や経験を共有し、それを役立てることを目的にするのではなく、
あくまで、課題お解決や、新しい価値を創造する事を
ブレずに据え続けることを改めて見つめていきたい。
☆行動のヒント
・コミュニケーションを成立させるのは受け手である
・具体的な受け手を想定していないコミュニケーションはその価値が失われつつある
・受け手の「真の欲求」に寄り添う感覚を磨き続ける能力
最後までお読み頂きありがとうございました!
宮木俊明
※読書会・ワークショップ等のイベント情報はコチラ