経産省が主催する起業家育成プログラム「始動 Next Innovator 2016」の参加者の中から選抜され、イスラエル政府が主催する「Young Leadership Program」のメンバーとして、2017年1月末に1週間ほどイスラエルに滞在し、政府関係者、投資家、スタートアップ、TLO等の支援機関の方々とディスカッションの機会を頂いた。

イスラエル滞在中の見聞をベースに、追加で調べた内容も併せて、イスラエルの概要と、そこから見えてきた「イノベーションの起こし方」を、備忘録も兼ねて共有させて頂きたい。

”Startup Nation”イスラエルの概要】

イスラエルの人口は約800万人で、ユダヤ人が約75%、アラブ人が約20%、その他が5%程度といった構成。面積は日本の四国とほぼ同じという、比較的小さな地中海に面した中東の国だ。公用語はユダヤの人々が話すヘブライ語と、アラブの人々が話すアラビア語の2つだが、英語もよく通じる。

キリスト教、イスラム教、ユダヤ教という三つの大きな宗教の「共通の聖地」である、エルサレムという稀有な都市の存在や、塩分濃度が高く「浮かぶ湖」として知られる死海等が有名だが、大半が砂漠の地域で天然資源には乏しく、地中海沖の天然ガス田が近年発見されるまでは、エネルギー資源も100%輸入に頼らざるを得ない状況にあった。

イスラエルと聞くと、日本人の多くが「恐い/危険」という印象を抱くように、クローズアップされがちなのは、周辺諸国との敵対や、パレスチナ問題等に起因するテロや紛争の火種だろう。

しかし、実際に訪れたイスラエルは日本でのイメージとは大きく違っていた。

具体的には、国境の警備や入出国時のセキュリティなどが厳格で有ることに加えて、国民ひとりひとりの意識も高いらしく、想像以上に犯罪等も少ないそうた。また諸外国に比べても非常に衛生的で料理も生鮮食品が充実していて美味しく、実際に安心して過ごすことができた。

また、そんなイスラエルは、実は「中東のシリコンバレー」とも呼ばれる、スタートアップ大国/イノベーション大国としての顔を持っており、近年日本でもビジネスサイドでの注目が非常に高まっている。

実際に、スタートアップ関連のデータとして、以下の様な数多くの「人口一人あたり世界一」を持っている。
・ハイテク企業の投資額
M&Aの数
・技術者・科学者の数
・海外からのR&D投資額、R&D施設数
・スタートアップ設立数
・ノーベル賞受賞者
・特許数

これらイスラエルのハイテク技術や、それを支える人材を自社の研究開発に取り込むべく、FaceBookやGoogle等を始めとした米国、欧州、アジア等々の世界中の企業が、こぞってR&D拠点を設立している。それは、内需が乏しい小国である為、海外市場への進出かM&Aしか道のないイスラエルのスタートアップにとっても好都合で、相思相愛の状況が続いている。

また、イスラエル発祥の優良グローバル企業も多く存在し、製薬のテバ、農業技術のネタフィム、自動車関連のモービルアイなどが有名で、イノベーションをテーマにする人にとって、もはや関心を持たざるを得ない程の実績があると言える。

所が、近年では新しい動きが見られるものの、これまでイスラエルに進出している日本企業は30社に届かず、それも駐在員を置く程度のところが大半を占めるらしい。比較的に古くから進出している三井物産、三菱商事といった総合商社と、他はメーカー数社といったところで、本格的なR&D拠点と呼ぶには程遠い状況の様だ。

この後、上述したようなイスラエルの強みの源泉について取りまとめた情報をお示ししつつ、米国や欧州はもちろん、中国や韓国などの他のアジア諸国に比べても出遅れてしまっている日本とイスラエルの関係性についても改めて考えてみたい。


【ユダヤ人として】

先に述べた通り、イスラエルは大半がユダヤ人で構成されているだけでなく、その建国の経緯も「ユダヤ人の国」を目指したものであり、イスラエルを語る上でユダヤ人について理解しておく事は重要だろう。

ユダヤ人は世界中に1600万人程いると言われていて、半数がイスラエルに、500万人以上が米国に住んでいる他、フランス、カナダ等にも比較的多く住んでいるそうだ。

ユダヤ人とその歴史的変遷については非常に複雑なので今回は割愛させて頂くが、動乱の歴史を生き延びた世界の人口の0.25%しかいないユダヤ人が、近代においてノーベル賞の20%を独占している事実を始め、科学、芸術、ビジネス、政治、思想等々、大凡ありとあらゆる分野で一流の人材を輩出し続けている。

そういったイノベーションに繋がる要素として特に特徴的なのが、「素養の高さ」「多様性」「メンタリティ」の三つの事実にあると考えている。

この後、一つづつ見ていきたい。

①素養の高さ
歴史的にイスラエル建国までの2000年以上もの間、祖国を持てず各国に散らばり、その各国で迫害されてきた歴史をもつユダヤ人。その間は、土地や店舗の所有、職業組合たるギルドへの加入もできなかったことから、農業・商業・工業のいずれも生計の手段とできず、住居も安定させられない時代が長く続いていた。

残された選択肢として、ユダヤ人ができる仕事は、金融や、無店舗の行商、芸能などであり、これらを長らく生業としてきた。また、迫害されてきた中で、「没収される事のない財産」として「知識を持つこと」を何よりも重視してきており、また同様の理由から、宝石や金等の現物に頼らない紙幣や為替をベースとした「信用取引」の商習慣を確立させた歴史も持つ。

この事が、例えば、科学分野のアインシュタイン、芸能分野ではスティーブン・スピルバーグ、現在でもユダヤ人の金融系財閥として有名なロックフェラー等の活躍はもちろん、現在のイスラエルのイノベーションを支える強みにもつながっている筈だ。また、各分野での「パイオニア」が多く存在する背景には、人と違う事に積極的な姿勢が強く備わっていて、それを避けがちな日本人の気質と異なるこの様なマインドセットが「イノベーション向けの素養」の高さなのだろう。

②多様性
歴史的に世界中に散らばり、人種的にも文化的人も各地で様々に融合してきたユダヤ人は、共通するユダヤ教・ユダヤ民族としてのアイデンティティを保ちつつも、非常に高い多様性を内包しており、20世紀になってから各国にいたユダヤ人が集合することで誕生したイスラエルは、移民国家としての顔も持っている事になる。

また、多様性の別の側面として、イスラエルは完全に男女平等で、家事、育児等も夫婦で役割を分担して行っているそうだ。女性の社会進出も当然、日本と比べて大きく進んでいる。

アメリカ/シリコンバレーのイノベーションを支えている物の1つが「人材の多様性」であることは広く知られているが、イスラエルにもアメリカとはまた違った「様々なユダヤ人」という独特の多様性を持っていることが強みになっている。

③メンタリティ
後述する軍事にも繋がる所だが、国を追われ、迫害されてきた歴史が広く認識されており、それが転じて、イスラエルに住むユダヤ人は愛国心がとても強い。国防の意識はもちろん、国を盛り立てていく為の経済活動にも非常に力を入れており、それがスタートアップの成功にも繋がっている。資源が乏しい以上、技術立国の道しかないという所は、かつての日本と似ている所かも知れない。

また、迫害の歴史はユダヤ人に「どんな状況に有っても楽しむ事を忘れない」そんな強靭な精神性をもたらした様だ。

決して安定した情勢とは言いづらい環境にあっても、街中でも割りと気さくに声を掛け合う社交的で明るい人々の姿が多く見られた。そして一度課題が発見されると、その問題を楽しみながら、解決の為の議論を重ねる事すらも真剣に楽しみながら、建前なしの本音トークでコミュニケーションをとる姿も垣間見てきた。ビジネスにおいては、それがスピード感にもつながっており、逆に、意思決定の遅い日本の大企業は「付き合いづらい相手」として認識されてもいた。

スタートアップ人材に必要な「向上心」「ネットワーキング」「コミュニケーション」「不屈の精神」「人と違う事をする」等の素養が、ユダヤ人にはベースとして備わっているのだろう。

【軍事技術】

イスラエルには男女ともに兵役がある。
これが愛国心や国防の意識の向上につながっているだけでなく、「職業訓練」と「起業仲間の出会い」といった機会を提供しており、そもそもの教育水準の高さと併せて、豊富なスタートアップ人材の輩出に繋がっている。

また、世の先端技術には軍事由来のものが多いことが知られている通り、イスラエルは周りを仮想敵国に囲まれているために軍事予算で最先端技術の開発にも非常に力を入れている。米国務省によると04年から14年までの11年間を平均した国内総生産(GDP)に対する国防費の割合は6.5%で世界6位、日本の1%(136位)はもちろん、米国の4.3%(15位)を上回っている。(ちなみに1位は北朝鮮の23.3%)

そして、そこから生まれた基礎技術が民間にもスピーディに広く展開されており、良くも悪くも無駄のないスキームが組まれていると言えそうだ。ごく一例として、サイバーセキュリティの分野の他、ドローン技術やセンサー技術等もあるだろう。

また軍事に限らず、生活基盤としても水資源が豊富でないことに起因し、浄水技術も世界トップシェアを誇っている。

【持たざる強み】

イスラエルの強みは、既存の成熟産業が少ないだけに、「0から1へ」のイノベーションに特化し、人材育成から海外進出までを下支えする成熟した「エコシステム」を国家レベルで推進している所だ。

先述した通り、ユダヤ人は歴史的に迫害されてきたゆえに、国家や組織に頼らないで生きていく為の思想が根づいているだけでなく、イスラエルは資源に乏しく内需も小さな国であるがゆえに、必要とされる技術を開発しつつも、それをグローバル市場に向けて発信していか無ければビジネスになり得ないという「持たざる者の強み」を発揮している。

例えば特許について。持たざる者の強みが正に「必要は発明の母」となり、世界有数の特許大国となっているが、日本にありがちな「まずは国内で出願」ないしは「日本語を英語にする」といったステップが無くここもスピーディーだ。当初から海外向けでしかないためビジネス面での公用語は英語にセットされているだけでなく、弁護士などの専門家についても内需がないだけに国際取引が基本である側面も「内需の国・日本」とは大きく異るだろう。また、この辺りの専門的な知財戦略はTLOの様な機関が一括して引き受ける仕組みがあり、研究者は研究に集中しつつも事業化に向けたサポートが受けられる様にもなっており、技術シーズの事業化効率を大きく押し上げている要因だろう。

こうして生まれる数多くのスタートアップ成功者がメンターとして後進の指導にあたったり、エンジェル投資家やベンチャーキャピタリストして新たにアントレプレナーに資金を提供していくことで、新たなスタートアップが加速するエコシステムが形成されるのだ。資金面においては、政府が積極的にシード資金を提供していることも見逃せないだろう。

また失敗を恐れず、愛国心や国防の意識に基づくメンタリティから、情熱的な起業家も非常に多い。実際に、過去に6回も失敗をしてからまた新たなスタートアップに取り組む方にもお会いしてきたが、イスラエルでは決して珍しくはないそうだ。もちろん、リスクテイクを厭わない背景には、多くのグローバル企業がR&D拠点を展開しているため、ハイテク人材にとっては就職先に困らないという事もある。いくら優秀でも、事業に失敗した人間に冷たい日本とは、大きく異なっている所と言えそうだ。

【日本とイスラエル】

0から1へ」に特化したイスラエル。しかし「1から10へ、は微妙。10から100へはできない」との話も現地の複数の方々から聞いた。

逆に日本は「0から1へ」に苦手意識、ある種のコンプレックスをもちながら、「1から10へ、そして10から100へ」の所、いわゆる「カイゼン」を得意としてい傾向に有ることは、多くの人に同意して頂けるのではないだろうか。

イスラエルの流儀を学び、日本流の「0から1」を産み出せる環境を組み立てる事はもちろん重要だし、積極的に行っていくべきと考えているが、自前主義の大企業が集まる日本が『自国主義』に凝り固まっていられるほど、国際社会のイノベーションのスピードは遅くない。

そこで、それと並行して、国際貿易における「比較優位」の概念に則り、「0から1」を効率的に輸入する様な考え方にも積極的になるべきではないだろうか。

具体的には、日本企業のイスラエルへの進出、ないしは、イスラエルスタートアップの日本企業によるMA等となる。

街で出会ったイスラエルの方々は非常に親日的だった。街の子供たちは「日本人」ということが解っただけで「コンニチワ」と叫びながら集まってくる場面も合った。バーで出会ったカップルも、日本人と解っただけで色々と質問をしてきた。街中にも寿司バーやラーメン屋もあり、日本のカルチャーに興味を持つ人はイスラエルにも非常に多いという。

明るく失敗に寛容でスピード感のあるイスラエルの人々と、慎重で着実な成果を積み重ねる美徳を持つ日本の人々とでは、正に真逆の性質をもっており、コラボレーションは容易では無いかも知れない。

歴史を紐解けば、各国に散らばり迫害され続けてきたユダヤ人と、単一国家として世界最古の国であり、島国として長らく閉じた世界で暮らしてきた日本人とではお互いに理解が難しい部分もきっと少なくは無いだろう。

しかし、だからこそある種の「ケミストリー」が産まれた時に、世界を席巻する爆発力を持っていると感じずにはいられない。

【イノベーションの起こし方~まとめに代えて】

最後に、特に力を入れて日本に取り入れるべき点を幾つか提示し、十分では無いにしろ、イノベーションの起こし方の参考となる様に、また自戒も込めてまとめてみたい。

①高度人材の交流
素養の高さでは日本も比較的高い水準に有ることは自明であるが、一方で分野別に見た時、特にICT分野における高度人材が大きく不足しているとの指摘も多い。ここの人材補強、教育の拡充については急務であり、イスラエルを始めとした様々な海外人材を受け入れることが多様性にも繋がり一石二鳥となるだろう。

単一企業レベルでも、政策レベルでも行えるし、日本の起業家がイスラエルにパートナーを求めるような動きに十分可能性があると感じている。いわゆるオープンノベーションの推進などについても、多様性の担保という意味でも、是非国内に閉じない様にしたい。

言うまでもなく、イノベーションは1人では起こせない。身近に例えるのであれば、やはり小さな殻に閉じこもらず、社外へ、地域外へ、そして海外へと、交流の輪を広げていく事が、個人にも組織にも政府にも求められているイノベーションの源泉であると言えるだろう。

②セーフティネット
起業に失敗はつきものであるという前提を共有した時、失敗した人間が再就職に困るようでは当然、起業家の数は増えない。一方、受け入れる企業側の風土改革には時間がかかるので、当然これを推し進めると同時に、起業家に対するセーフティネットの提供は政策として取り組むことが有効だと考えている。実際に日本政府がNEDOを通じて、最大で2年間、起業家の生活費の面倒をみるという起業支援策を打ち出してもいるが、より利用しやすく、幅広い分野に、そしてむしろ「失業後」の給付なども含めて検討することも、時代の要請ではないだろうか。

「リスクテイク」はイノベーションの必要悪のように捉えられていることもあるが、バークレーの研究によると、実は組織内において、従業員が、解雇の恐れや短期的に成果を上げるようプレッシャーを感じている場合には、イノベーションを追求する可能性が低くなり、逆に、短期的な失敗が許され、ストックオプションなどで長期的な見返りが与えられる環境にある時にイノベーションに積極的になることも分かっている。

個人として取り組むケースを考えた時に、失敗しても何度でも挑戦できるように、リスクを取りすぎず、小さな挑戦に数多く取り組むことがイノベーションに繋がるのだろう。その為のテクノロジーや無料ツールも多く出てきているので注目しつつ、ユダヤ人気質である「人と違う事をする」の重要性を理解したい。

③愛国心
イスラエルに限らず、諸外国の方々に比べて日本人の愛国心は低いとされがちで、実際に自国に関する知識や関心の低さも目立つ。もちろん偏狭なナショナリズムを推奨する意図は無いが、オープンマインドで健全な愛国心が醸成されている事が、スタートアップ/イノベーションにも繋がる事をイスラエルでも学んだ。

例えば、イスラエルでは、活発な国際交流の影響で優秀な人材が海外へと流出しかねず、また実際に流出が起こってもいる状況下にある。しかし、先にみて来たようにユダヤ人としてのアイデンティティや兵役によって愛国心が養われており、その愛国心がイスラエルから海外へと向かう人材にも残る「絆」となっており、それが積極的な国際協力、国際交流を続けられる要因ともなっているそうだ。

また、イスラエルの人々の愛国心は、スタートアップ成功者が後進の育成指導や、積極投資を後押しする「エコシステム」を下支えしている要因ともなっているだろう。そして上記の「絆」があるからこそ、海外に渡ったユダヤ人がイスラエルへの海外からの投資を後押ししている事も容易に想像できる。

まさか「日本でも兵役を取り入れよ」とは考えないが、人生の一時期に、ボランティア活動に類するような社会の為に奉仕する期間があり、その中で様々な知識や経験を吸収するような機会が有っても良いのではないだろうか。特に最先端分野の知識技能の吸収につながるような仕組みがあると、非常に面白い気がしている。

そして国際社会での交流においては、お互いに確立された自国のアイデンティティを持っていことが前提条件となる事を忘れてはならない。健全な愛国心は異文化への理解を阻害するのではなく、相互理解を促進させるものであると理解されており、つまりは交流を加速させるイノベーションの源泉であると理解することも難しくはないだろう。

〜おわりに〜
イノベーションに必要なツール(Business Model Canvas, Value proposition Cancas)やメソッド(Design Thinking, Lean Startup, Forth Method,etc…)はすでに有効な物が多く知られており、後は始めるだけな訳だが、それを実践しビジネスとして確立させるまでに必要な、「チームビルディング」や「エコシステムの形成」に関連した部分がまだまだ不十分であり、上記3点はそのあたりに繋がる物と考えている。
様々なレイヤーでのイスラエルと日本との交流が、両国にとって有益であるという事は間違い無さそうだ。

☆行動のヒント
・外へ一歩踏み出す
・挑戦を繰り返す為のテクノロジー
・前に進みながらもルーツを探る

最後までお読み頂きありがとうございました。

宮木俊明

イスラエルやイノベーションをテーマにした勉強会も!
読書会等のイベントスケジュールはコチラ!