少し前の話になりますが、2018年、東京マラソン無事に完走しました。応援して頂いた皆様ありがとうございました。

確か2012年の大会から毎年落選を続けてきたので、6回目でようやく当選。自身としては10回目のフルマラソンレースとなりましたが、自己ベストを10分以上更新して、ようやく目標にしていた3時間半切り(サブ3.5)を達成。最後まで自分の走りができた今までで一番出来の良いレースになりました。

マラソンを始めたきっかけは、ランニングなんて殆どやってなかった大学の同級生4人で東京マラソンにエントリーした事。「万一当選しちゃったらマズイ」という事で、練習もそこそこにハーフマラソンレースにエントリーしたり、面白がってお揃いのTシャツまで作ったものの、肝心の東京マラソンは最初の年とその翌年も4人全員落選。。

しかし確か3年目くらいから一人また一人と当選を勝ち取り、気づけば残りは私一人に。大学で留年して皆先に卒業していった時の様な気分でした(笑)

しかしそんな留年中、9回のフルマラソンと118kmのウルトラマラソン、トレイルランニングなど、沢山のレースを走りました。

こんな事になるとは当初は思ってもみませんでしたが、走るたびに仲間も増え、ランナーズマイスターの資格を取ってイベントを開催したり、海外でもランニングを楽しんだり、様々な経験を通じて成長させてもらったので、今思えば落選にも感謝の念が湧いてきます。

4人の仲間のうちアンカーという事で、恥ずかしくないレースをしたいと思いつつ、実は調子が全然よくなく、練習も全然足りてない状態。

自己ベストの更新や、目標にしてきた3時間半ギリ(サブ3.5)は到底無理だと思っていました。しこも直前まで所用が立て込んでいて静養もままならず、事前受付では身分証明書を忘れて受付会場に2度行く羽目になったりもあって、メンタルも絶不調(笑)

開き直って「とにかく気持ちよく走り切ろう」と心に決めて当日を迎えました。

過去のレースの殆どが、前半オーバーペースで後半失速というダメな展開だったので、今回はその教訓だけでも絶対に活かそうと、前半はひたすら我慢して最後まで自分のペースで、「立ち止まらず、歩かず走り続ける」事だけを考えてレースに入りました。

蓋を開けてみると、時に突っ込みたい気持ちを抑えつつも、前半の下り基調も功を奏し、比較的楽に1km5分弱のイープンペースで前半のハーフを終えらました。

「あれ?このままいければサブ3.5いけるんじゃないか」と思い直し、頭の中で再計算を開始。

その結果、
「そうか。キロ5分で刻むとちょうど42kmで3時間半か。たった195m分稼いでおけばいいだけなんだ」と、なんだか気が楽に。

そこで、30kmまではこのペースを維持して、後半上げれたら少しペースをあげようと決め、1km毎に時計を確認しながら後半もひたすら我慢。

辛い場面ではやはり沿道の声援やスタッフの方々の心遣い、そして12km地点と38km地点に仲間がいる事も事前に教えてくれてたので「そこまでは頑張ろう」と心の支えになりました。

おかげで、古傷の右アキレス腱や左膝の痛みが出て後半は失速しそうになりましたが、なんとかペースを維持し、更には30km過ぎから徐々にスパートすらかけられました。

ゴールタイムは手元の時計で3時間25分53秒。

目標達成。

これまでで一番いいタイムで、
これまでで一番気持ちよく走りきる事ができました。

練習量こそ足りてはいなかったものの、ここ数年取り組んできたフォームの改善と、そこから派生して普段から姿勢や健康状態に気をつけるようになっていた事で、後半ペースを上げられるだけの地力が備わっていたのかも知れません。

4人で始めた「東京マラソンPJ」も7年かがりでようやく全員完走により完結。

実の所、これでマラソンは最後にしようかとも思っていたのですが、ここに来て新たな気持ち良さを味わってしまい、まだまだ続けていく事になりそうです(笑)

ランニング読書会や皇居ランの仲間の皆様、そして大学メンバーとそのご縁で仲良くさせてもらっている沢山のラン仲間の皆様、もちろん大会関係者やボランティアスタッフの皆様、応援してくれた沢山のお友達の皆様、そしていつも自由にさせてくれている家族に感謝!!

そしてこの長文を最後までお読み頂き、

ありがとうございました!!

★行動のヒント
・共感できる仲間を持つ
・やり抜く事を許可する
・楽観的に声を掛け合う

宮木俊明

誰一人として親子の時間を犠牲にしない「親子の休日革命」
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