2021年4月「ALPS処理水について知ってほしい3つのこと」というタイトルで、原発処理水の安全性について詳しく説明されたページ・動画が環境省から公開されたものの、一瞬で公開が休止になる事態がありました。

トリチウムの「キャラクター化」について違和感・反発を覚えた方が多かったようなのですが、その是非はさておき、内容としては非常にわかり易いものであったため、とてももったいないと感じております。

そこで、削除されてしまった内容の概要をお示ししつつ、併せて、別の情報源から調べた事を書いておこうと思います。
結論から申し上げますと、まず、放出による「健康被害」は無い。ただし、現状の社会における情報リテラシーの水準では「放出による風評被害」が起こる可能性はある。そして、この風評被害の観点においてのみ、放出に反対する根拠がありうると、私は考えています。

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まず、資料や動画は以下のメッセージから始められていました。
「誤った情報に惑わされないために」
「誤った情報を広めて苦しむ人を出さないために」

風評被害は被災地の復興を考えた場合に、看過できない問題です。しかし現状展開される賛否両論の中には、誤った根拠に立脚したものが少なくなく、これが風評被害の悪化につながってしまっている様に見えます。

国際社会おいては、中国・韓国・ロシアなどが批判している一方で、アメリカやIAEAは日本の決定への支持を表明しています。いずれにしろ、諸外国の反応というのはあくまで政治的なポジションから意図的に展開されています。

そのため、こののメッセージは、「これらに惑わされずに事実に基いて判断することが必要だ」と言っているように見えます。

続いて「3つのこと」の具体的な内容が以下です。

① トリチウムは身の回りにたくさんある
② トリチウムの健康への影響は心配ない
③ 取り除けるものは徹底的に取り除き、大幅に薄めてから海に流す

それぞれについて、別の情報源も含めて確認した事を記載していきます。


トリチウムは自然界に存在しており、また我々は常に微量の放射線にさらされ続けています。
その中で、経産省の資料等によると、仮にこれまでタンクに貯蔵されているすべての処理水(860兆ベクレル)を1年間で処分しきったとしても、その影響は自然界ににもともと存在する放射性物質から受ける影響(2.1ミリシーベルト/年)の1000分の1以下の影響にとどまるという試算が発表されています。
加えて、処理水は十二分な希釈をしてから段階的に排出される計画です。


健康被害に関する要点は以下の3つです。
・トリチウムが出すベータ線は弱い
・トリチウムは体内に蓄積されない
・ベータ線でDNAが傷ついても修復され問題ない

これらに関する批判的な意見としては、同じトリチウムであっても「トリチウム水(HTO)」「有機結合型トリチウム(OBT)」とは別物であるという言い方がされていますが、経産省等の資料では以下の通りとなっております。

HTO
・健康への影響はセシウム137の約700分の1程度。 
・身体に取り込まれると、約3~6%が有機結合型トリチウムとなる。
・生物学的半減期は約10日

OBT
・有機結合型トリチウム 
・健康への影響はセシウム137の300分の1以下。
・生物学的半減期は40日〜1年間

両者の違いを被ばく量として単純に比較すると、OBTの方が2~5倍高いという研究がされていますが、これらを踏まえても尚「健康への影響はない」としています。また、いずれにしろOBTも最終的には代謝で体外に出されるため、生物濃縮等の現象は確認されていないという点は間違えないでほしいと思います。


批判的な意見としては、トリチウム以外の核種は基準値以下まで除去されるという発表自体が「信用ならない」と主張されているケースと、「基準値以下であろうと、少しでも残っていたら不安だ」というゼロリスク信仰に陥っているケースがあるように見えます。

まず、信用問題について。
特に東電については、様々な不祥事が続いており、「信頼できない」という声が上がるのはある意味では当然のことだと思います。一方ここについては、日本政府と、国際機関であるIAEAが確認する手順が組み込まれており、決して東電任せではないということを認識することが大切でしょう。

続いて、基準以下であっても問題だという懸念については、世界中の核燃料の「再処理施設」において、福島原発とほぼ同じ性質の水が排水されていることを確認する必要があります。「福島のそれは事故で核燃料に直接の触れた水であって、通常の原発排水には含まれない核種が含まれている」という意見も見聞きしますが、通常の原発ではなく、世界中の「再処理施設」からは同種の放射性物質を帯びた排水が放出され続けています。そして、それを踏まえた上での排出基準が設けられており、ALPSを用いて化学的な処理をし、基準値を下回ることを確認したもののみを放出するというのが今回の決定なのです。

そもそも何のために基準があるのか。
これが甘すぎるということであれば、日本の動向よりも基準値自体を見直さないと根本的な解決にはならないわけですが、ここを無視して日本のみを批判している間は「批判のための批判」にしか見えないのです。

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以上の様に、既存のデータを見ていくと、基準をクリアした処理水を海洋放出することによる人体への影響は、基本的には「ない」と考えるのが妥当にみえます。
これについては、例えば、最も強く反対をしていそうな韓国ですら、2020年10月15日、韓国政府による「福島原発汚染水関連現状報告」では、日本が放出する汚染水について「国民と環境への影響はない」としています。加えて、2021年4月19日、チョン・ウィヨン(鄭義溶)外相は「IAEA=国際原子力機関の基準に適合する手続きに従うなら、あえて反対するものではない」とも述べています。

しかし、それでもなお、放出に反対すべき理由があるとすると、風評被害、特に漁業関係者へのそれへの懸念があります。いくら科学的に、あるいは論理的に説明がされたとしても、放出の結果として風評被害が起こってしまう可能性が高いのだとすると、放出に反対せざるを得ないというのは当然でしょう。

不信感についてはまず、国際機関であるIAEAがモニタリングなどで常時関与、放出前後を含め一連の作業の「中心的役割」を担う予定である事を踏まえて、払拭する努力を重ねる必要があります。そのためには、可能な限り多方面から科学的に正しい情報を発信し続ける必要があるわけですが、これまでも日本が苦手としてきた「アピール不足」「発信下手」が今回の状況を招いている様に見えるのは残念でなりません。メディア各社の対応についても、ジャーナリストの矜持に期待したい所です。

最後に、処理水放出に賛成している人も反対している人も「風評被害は避けたい」というのは合意できる点であると思います。風評被害を防ぐためには、確からしい情報に基づいた発信を心がけると同時に、受け取った情報が信じるに値するかについても、今一度情報を確かめる「情報リテラシー」を、一人ひとりが身につける事が必要であり、これは時代の要請であろうと改めて思いました。

追伸:いずれにしろ、私はこれからも福島県産の水産物をありがたく食べさせて頂きます。